2013年8月23日金曜日

洋服の起源?


洋服という言葉になんか違和感を感じていた。和服に対するジャンルというのは理解している。ただ、その和服って、呉服ともいうわけで、弥生時代に、水稲を伝えたのは、古代中国の呉の難民という説が、稲のDNAからも、人のDNAからも証明されつつあるが、やっぱり、その頃あたりからのなにかなのかなあ。少なくとも、古事記の登場人物が着てそうな服のことを和服とはいわない。どこまで正確かはわかんないけど、古事記の服とかって、ズボンとかシャツとか、呉服よりよっぽど、現代の服に近いっぽいんですよね。
というわけで、wikiってみた。

スカートは、古代エジプトやヒッタイから巻スカートの形状であった。

ズボンも、イラン人、スキタイ人などのユーラシアの遊牧民が最初にはいた民族らしい?? 古代中国では紀元前307年に趙の武霊王が、北方の遊牧民族の習慣をまねする形で乗馬に適したズボン式の服装を初めて取り入れた。
むしろ、ヨーロッパでは、古代にケルト人がはいてたことが、中世以降、用いるのは貴族階級に限られ、一般人にまで普及したのは16世紀以降の近世からである。

ブラウスの起源は、1万年以上前の原始時代に着られていた衣類の中にブラウス型のものが発見されてるらしいが、結局、非常に広い地域とあらゆる階級で着用されてて、特に起源もないと考えられてる。
対して、シャツの起源は、古代ギリシャやローマのチュニックとwikiにはあるが、どちらも、ブラウスの同類だろう。

結局、洋服と呼ばれてはいるが、起源を考えるとヨーロッパのものとは限らないということだろう。日本では、明治維新以降、19世紀半ば以降に洋服が入って来たかもしれないが、19世紀初頭といえば、ナポレオンの時代なわけで、玉座に座るナポレオンを見て、洋服って思わないよね。
実際には、皇帝のすごい服とかは、例外中の例外すぎて、庶民はもっと機能的な現代の洋服に近かったのかもだけど、それは、他の地域もしかりってことなのかも。

結局、日本語では洋服っていってるけども、せいぜい19世紀半ばくらいから、ヨーロッパを中心とする産業の中で、パリやミラノがファッションの中心という刷り込みの方が大きいような気がする。ジャケットとかスーツとか、現代の礼装というものも、モーニングコートの裾を切り落とした上着が19世紀のイギリスで生まれたってのが起源のようだし、明治時代、礼服といえば、勲章をいっぱいつけた写真でおなじみの大礼服ってことになるらしい。大礼服はかっこいいよね。
どうやら、洋服っていってるけど、その起源は西洋ではないし、今ぼくらが洋服っていってるものは、どちらかというと、現代服というべきジャンルであり、西洋主体のものではないってこと。
実は、洋服は、西洋由来のものだから、舶来ブランドの方が一歩すすんでる、みたいなことをいう人も多いんだけど、そう思う必要はまったくない。

公式サイト→http://www.yoneharakeitaro.com/

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